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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)2650号 判決

控訴人 朝野辰人

右訴訟代理人弁護士 桑田勝利

引受参加人 埼玉県

右代表者知事 栗原浩

右訴訟代理人弁護士  田光

同 惣那寛

被控訴人(脱退) 川口市北部土地 区画整理組合

右代表者代表理事 高石幸三郎

補助参加人 熊木マツ

右訴訟代理人弁護士 深沢武久

主文

控訴人の引受参加人に対する請求を棄却する。

当審における訴訟費用はすべて控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。引受参加人は訴外熊木弥三郎に対し、引受参加人の換地処分について土地区画整理法第一〇三条第四項の公告のあった日の翌日に、原判決別紙物件目録記載の宅地(以下本件宅地という)の所有権を移転し、且つ、昭和三四年一二月二四日付売買に基く所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審を通じすべて引受参加人の負担とする。」との判決を求めた。なお、引受参加人は何らの申立をなさず、また被控訴人は、引受参加人の参加に伴い本件訴訟より脱退した。

事実に関する当事者双方の陳述及び証拠の関係は、左に附加する外、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の陳述)

一、被控訴人が履行していた土地区画整理事業は昭和四六年四月一日引受参加人に引継がれ、右事業に関し被控訴人の有していた一切の権利義務は同日引受参加人においてこれを承継した。

二、控訴人が訴外熊木弥三郎との間に昭和三四年一〇月七日締結した既述四筆の農地(原判決二丁裏二行ないし四行目に掲記のもの。以下本件農地という)の売買契約については、未だ農地法所定の許可がないのであるが、しかし控訴人は、左の根拠により、右熊木に対して填補賠償の請求権を有するものである。

即ち本件農地の売買契約については、その近隣農地の取引実例等からみて許可の与えられることは確実であったから、農地法所定の許可が本件農地取引に関して有する意義は、右許可のあったときにこれを目的農地の所有権移転引渡及び残代金支払等の履行期とすること以上には出ず、従って本件農地の買主たる控訴人は、その売買につき右許可が未だ存在しなくとも、売主の債務の履行不能による填補賠償債権を取得するものというべきである。

仮に然らずとしても、本件農地の売買契約は、農地法所定の許可のあろうことを停止条件として締結されたものとみるべきであるところ、既述のように売主たる熊木弥三郎は右農地を他に転売してその登記を了し、控訴人のためにする許可手続を不能ならしめたのであって、右は故意に条件の成就を妨げた場合に外ならないから、控訴人は、右条件が成就されたもの、即ち所定の許可があったものとみなし得るところ、売主たる熊木に履行不能のあったことは上記のとおりであるから、控訴人はこれに因る填補賠償債権を取得したものである。

しかしてその額は、右履行不能時における本件農地の時価を契約代金額相当の金三一八万円とみなし、これより未払代金額二一八万円を控除した金一〇〇万円相当額というべきである。

三、上記熊木弥三郎の無資力性に関する従前の主張中、原判決三丁裏四行目の「合計四八〇坪」の次に「及び同二五〇八番、同二五〇九番の二筆その他の土地」と、同行目の「四八〇坪」の次に「及び右二筆」と挿入する。

四、引受参加人の後記陳述中における保留地についての買主の地位の変動のための手続及びその効力発生の時期に関する主張は争わない。

(引受参加人の陳述)

一、控訴人の前記陳述中一における主張事実は認める。

二、本件宅地は、土地区画整理事業におけるいわゆる保留地であるところ、既述のとおり、右宅地の買主の地位が熊木弥三郎より補助参加人に譲渡されたとの届出があり、当時の右事業施行者たる被控訴人においてこれを承諾したものであるが、以上の手続により右買主たる地位の変動は、右承諾のときに、事業施行者との関係においてその効力を生じたものである。

(補助参加人の陳述)

引受参加人の右二の主張を援用する。

(証拠)≪省略≫

理由

一、控訴人が、その保全すべき債権に関する主張を変更したことが、時機に遅れた攻撃方法の提出に該らないことは、原判決理由第一項説示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決八丁表二行目に「土地売買代金一〇〇万円の請求債権」とあるを「土地売買の履行不能に因る金一〇〇万円の損害賠償債権」と、同四行目に「保全すべき債権は、」とあるを「保全すべき債権の前提たる契約不履行等の事実関係は、」とそれぞれ改める)。

二、ところで、控訴人と訴外熊木弥三郎との間で、昭和三四年一〇月七日、控訴人を買主、右弥三郎を売主とし、代金を三一八万円とする本件農地の売買契約が締結され、同日控訴人が手付金(代金の一部内入の性質を兼ねるもの)一〇〇万円を支払ったこと、その後弥三郎が右農地を他に売渡したことは争がなく、≪証拠省略≫によれば、昭和三五年七月一三日、右売渡に伴う所有権移転登記の了されたことが認められる。

控訴人は、右の経過をもって弥三郎に対しその主張額の填補賠償債権を有すると主張するのであるが、右本件農地の売買につき農地法所定の許可のなかったことは控訴人の自認するところである。控訴人はこの点につき、まず、本件農地売買については許可のあることが確実であるから、恰も許可があったと同様にみるべき如き主張をなすところ、右主張はその趣旨必ずしも明らかでないが、いずれにしても、仮に右許可のなされる蓋然性が高かったとしても、それなるがゆえに控訴人主張のような法的効果を認め得ないことは多言を要しないから、右主張は採用の限りではない。次に控訴人は、停止条件のみなし成就を主張するが、農地の権利移動に関する農地法所定の許可は、いわゆる法定条件であるから、当事者がこれを成就したものとみなす余地はなく(最高裁判所昭和三六年五月二六日判決、民集一五巻五号一四〇四頁)、控訴人の本主張も亦採用することができない。

そうしてみると、本件農地の売買契約は、その目的不動産についての所有権変動の効力発生に必要な農地法所定の許可が未だ存せず、従って債権契約としては無効ではないにしても、未だ右に述べたような効力を確定的に生じていないものであるから、前判示の如き事実関係にある本件において、買主たる控訴人が、既に売主たる弥三郎に交付した手付金一〇〇万円そのものの返還を求めるというのであれば格別(最高裁判所昭和三七年五月二九日判決、民集一六巻五号一二二六頁参照)、売主の物権変動に関する債務の発生を前提としたこれに代る填補賠償を求めることは、これを認めるに由なきものというの外なく(なお控訴人は、右填補賠償の主張の外、弥三郎の契約違反行為により控訴人の期待権的な利益が侵害されたとの主張を明確にしておらないし、又証拠上も右侵害に因る損害が金一〇〇万円相当であるとの資料は存しない)、従って控訴人の熊木弥三郎に対する債権の主張は、その余の点を判断するまでもなく失当といわざるを得ない。

三、しかし、控訴人主張の趣旨は、要するに熊木弥三郎に対し金一〇〇万円の給付債権を有するという点にあるから、控訴人の主張を右弥三郎に対する手付金一〇〇万円の返還債権と善解するとしても、債務者たる熊木弥三郎に右金員を返還するに足る資力なきこと及び同人が第三債務者たる引受参加人に対し本件宅地に関する売買契約上の権利を有せしこと(なお右参加人が被控訴人の権利義務を承継したことは争がない)については原判決理由第三、四項説示のとおりであるが、右弥三郎の有せし権利は既に補助参加人に譲渡されたものとみるのが相当である。

即ち、熊木弥三郎は、その妻たる補助参加人と事実上の離婚をなすに際し、本件宅地に関する右売買契約上の権利を含めた一切の財産を同女に譲渡し、右の旨は当時の土地区画整理区画整理事業の施行者であった被控訴人に届け出られてその承諾を得ているのであって、その詳細は、左に附加する外、原判決理由第五項説示のとおりであるから、これを引用する。

(一)  原判決一〇丁裏七行目「各証言」の次に「及び当審における証人熊木弥三郎の証言」と挿入する。

(二)  同一一丁表四行目に「(原審における控訴人本人尋問の結果中右認定に牴触する部分は採用できず、又甲第一四号証も右認定を左右するものではない)。」と付加する。

(三)  控訴人は本訴において、熊木弥三郎が参加引受人に対して有する権利を代位行使するものであるところ、右弥三郎の権利は、これが補助参加人への譲渡を、引受参加人の被承継人たる被控訴人が承諾したとき(昭和三六年三月七日)に消滅したと解するのが相当であり、且つ右弥三郎より補助参加人への譲渡行為につき他に主張立証のない本件においては、結局弥三郎は引受参加人に対し最早本件宅地に関する所有権移転及びその旨の登記手続請求権を有しない。従って、同人がこれを有することを前提とする控訴人の本訴請求は失当である。

四、以上の次第であるから、いずれにしても、控訴人の引受参加人に対する請求は理由がないのでこれを棄却し(なお被控訴人は本件訴訟より脱退したこと前叙のとおり)、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九四条後段を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 桑原正憲 判事 青山達 小谷卓男)

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